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河底0メートル

いわれてみれば、たしかにきこえる

暗さを楽しむ節電、あるいは消灯中のコンビニは開店という意識

節電するということ

お風呂の電灯を消し忘れてしまいもったいないと感じたのですが、なぜもったいないと思ったのかというと、人が居ないのに明かりがついているからなんですよね。

「明かりをつけることによってモノが見える」という働きを受ける相手が居ないという不均衡に対する嫌悪感とでも言い換えられるのかもしれませんが、そこまで言わなくても単に「電気代がもったいない」というケチ根性の方が強いといった方がしっくり来る気もしますが、ともかくも「節電」は原発問題や太陽光発電のように込み入った話にならず、しかも電気問題を解決できる一端でもあります。

 

「店が暗い=やっていない」という意識

一番判りやすい節電対象というと「照明」なので、大地震後に重要度の低い蛍光灯を外したり、昼休みに電気を消したり、LED電球に変えたりと色々対応されていると思うのですが、なんといっても一番の節電は「消す」ことです。使わなければ減らないわけですから。

ところで、消灯しているという事は昼休みの消灯のように「やっていない」という意識を持っているが故に、例えばコンビニが消灯していたら「閉まっている」という感覚に慣れてしまっています。「点灯=営業中、消灯=営業時間外」という意識です。

しかし、「電気がついている」という事と、「営業中」である事に相関関係は無いはずなのです。客がいる時に電気がついて、いない時には電気が消えていても、防犯上の理由等々の問題はあるとしても、原則的には客としては何も問題がありません。

尾籠な話ですが、たまにある自動点灯するトイレのように、人がいる時には点いて、いない時には消えるという方式と同じといえるでしょう。

 

暗さを求める

比較する対象としてはあまり良くないのかもしれませんが、コンビニが広まる以前の個人商店の店内は意外と暗かったような気がします。もちろん今ほど電球の性能が良くない事もあるでしょうけど、それで困ったことはあまり無い気もします。むしろ明るいデパートの記憶より、薄暗い駄菓子屋の店内の思い出の方が強いようにも感じます。

今暗い店内を作るのはスナックくらいなもので、居酒屋ですらひたすら明るいつくりのものがほとんどです。しかし、名店が必ずしも明るいわけではないように「明るさ」と「店のよさ」は比例するものではありません。「雰囲気」を出す為にあえて暗くしている店すらあるほどです。あちこちが夜でも明るい現代では、暗いくらいの方が逆に魅力となるのかもしれません。むしろ暗い場所を求めて逃げ込みたいのかも、と思うこともしばしば。

 

節電とは暗さを楽しむ事かも

ドン・キホーテ圧縮陳列というのも、一種の暗さのように感じます。今はどうか知りませんが、ちょっと前は商品を積み上げる事により影ができ、店内が陰影を付けた迷路のようになっていました。

必要な時に電気を使い、不要な時には電気を使わない、そういう意識を客側も持てば、たとえばコンビニの店内電気が消えていても「開店中」の看板が掛かっていれば開店なのです。そこまで行かなくとも例えば看板のネオンサインだけでも「開店中」と点灯していれば判断はできます。

店内に入っても必要以上の明かりは不要です。むしろ若干暗い方が趣が出るかもしれません。暗いと万引きが増えそうな気もしますが、では店が明るいと万引きされないというわけでもなく、死角があるような店の造りや万引きしにくい雰囲気といった事に力を入れるべきだとは思います。

ともかく、暗さを不便だと感じる気持ちよりも楽しむ余裕を持ち得れば、節電が進んでいくのではないでしょうか。原発を論じて諍うよりもずっと実際的だと思うのですが。

 

 

節電エコタイマーET55D

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