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河底0メートル

いわれてみれば、たしかにきこえる

スマフォばかりの街で「おもてなし」が出来るのか

道、訊かれますか?私は訊かれます。なぜか、よく。

 

今日も電車に乗って渋谷へ出かけたのですが、駅を出て直ぐにタワレコの場所を訊かれました。こんなに人がいるのに、なぜ。

で、帰りの電車でも表参道への行き方を訊かれました。しかも、他の人に尋ねそうになったのを止めてこっちに訊いてきました。なぜ、そのままその人に訊かない。

 

と思って、最初に訊かれそうになった人を見てみたら、スマフォとにらめっこしていました。ああ、確かにスマフォ弄っている人に尋ねるよりも、ぼんやりして車内広告を眺めている私の方が訊きやすいでしょうなあ。そう思って車内を見渡してみたら、8割方はスマフォとにらめっこしており、残り2割はほぼ高齢者でした。ご高齢の方には聞きづらいだろうし、さりとてスマフォに夢中な人に声をかけるのも気が引けるなあ、と。

 

そういえば、街中でも一人でいるひとは歩きスマフォの人が多くて、昔に比べて道を尋ねるにしても尋ねやすさは相当に減少しているように思えます。まあ、そもそも都会の人は冷たいとかいいますが、冷たい以前にスマフォに没頭して外の世界との関わりを拒絶してしまっている訳です。こうなると道を訊く以前の問題であります。

さすがに複数で歩いている人はスマフォとにらめっこはしませんが、多勢に無勢で道を訊きづらいと思うのです。

 

次の東京オリンピックといえば「おもてなし」ですが、スマフォに夢中な状態でおもてなしなんかできるんでしょうか?

もちろん、地図を表示したり翻訳したりできるそのスマフォは外国人をおもてなしするのに役に立つでしょう。しかし、役に立つ以前に困っている人に声をかける、あるいは声をかけてもらう為には、スマフォとにらめっこしていてはダメだろうな、と思うわけです。

 

まあ、早々にスマフォを止めてガラケーに戻った私が、上から目線で物申しているわけですねどね。とりあえず、「なんでスマフォじゃないの?」という人には「日本初のGoogleケータイ知ってるか?」と問いたい。創意工夫してたんだよ、初期は。

 

 

接待の一流  おもてなしは技術です (光文社新書)

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朝日新聞の釈明ってこういう事か?

「監視カメラ故障中」と書いてあったので証拠が残らないとおもってイジメていたけど、実は壊れてなくて録画できてましたと言った瞬間にゴメンナサイと謝りだした。

もし本当に録画できていなかったら「証拠を見せろ」と凄んで絶対に謝ることがなかった、と考えると、色んな意味で終わっている。

問題は謝る謝らないじゃなくて、なぜイジメを始めたのか、その動機を探る事だと思う。

 

これでも朝日新聞を読みますか?

これでも朝日新聞を読みますか?

 

 

iPhoneの大型化は母艦化の始まり?

その昔ノートPCといえば、その非力さゆえデスクトップPCがある事が前提でサブ機として使うのが当たり前でした。ノートPCは、というか当時はラップトップPCと言っていた気がしますが、デスクトップPCを母艦とするいわば周辺機器だったのです。

 

それがいつの間にかノートPCのみで母艦として十分な能力を持つようになり、デスクトップPCは切り捨てられるようになりました。

 

同じことがMacBookiPhoneでも起きているように思えます。初期のiPhoneは母艦がないとアップデートもできない仕様でしたが、今やMacを持っていなくてもiPhoneのみで完結するのです。奇しくも同じような関係であったiPod classicが販売を終了するというニュースが入ってきました。単独では完結しないiPod classicの終了は象徴的でもあります。

 

そして、AppleWatchです。MacBookを必要としなくなったiPhoneが、今度は自らが母艦となりAppleWatchと連携するようになる。「MacBook-iPod」の関係が「iPhone-AppleWatch」になるのです。AppleWatchを主に使うとなると、iPhone単独での使用よりも、大型化をして見やすさや使いやすさを優先させる事が命題となったのではないでしょうか?

 

「大型化しなくてもiPadがあるじゃないか」という疑問もあるのですが、iPadにはWifiモデルがあり、Push型としての母艦としてネットに常時接続している必要があることから、iPhoneを前提に考えているとしましょう。Wifiモデルでは「いつでもどこでも」とは行きませんから。

 

そんなわけで、iPhoneが大型化するのは必然じゃないかと考えてみました。

 

 

素人が出るテレビ番組はお金がかかりそう

 からくりテレビ、今日で最終回だったわけですが、久しぶりに見たらここ何年かで一番笑ったテレビ番組だったなあ、と。

「ご長寿早押しクイズ」なんて、笑い過ぎて涙が出てしまったほど。まあ、仕込みだとかいう話もあるのですが、それにしたって笑えるものは笑えるわけで。

 

かつて、からくりテレビは家族全員で見る番組だったのですが、いつの間にか見なくなったのは、勿論時間の経過と共に自分が家を出たりして家族団欒の時が無くなったというのもあるのですが、感覚的には素人が出てこなくなりその代わりに芸能人やその家族で番組を成立させようとしたくらいから見なくなった気がします。

素人が出ると今日の「ご長寿早押しクイズ」の傑作選のように120点の笑いが出る事もありますが、平均以下の面白さしか撮れなかったりする時もあるという振り幅の大きなものである事は自明であります。

番組の予算が削られる中そんな博打に手を出すのはテレビ東京くらいなもんで、とにかくどんなに悪くても平均値を叩きだしてもらうには、いわゆる芸人さんあたりに頼むのが一番確実なんだろうなあ、と他人事ながら思ってしまうわけです。

もちろん、ここ最近のテレビ東京の快進撃をみると素人さんを使っても平均以上が可能だとは思うのですが、芸能人数人とスタッフ数人で成立させる事が前提のテレビ東京と、大人数のスタッフを抱えてしまっている他の局とでは前提が違うのでしょうねー。

 

出演者が素人だって時間をかければ面白いものは撮れるはずなのですが、そんな時間も余裕も無くなってきたのかなー、と「からくりテレビ」で笑いながら考えてしまいました。「イチかバチか」よりも「平均点」を追い求める姿勢が、目に見える格差を隠そうとする「ゆとり世代」とかとリンクしている気もしているのですが、それは考え過ぎか。

 

 

会社の偉いヒトは自分の思惑って万能だと思ってるのか?

会社の偉いヒトは思惑だけで事が進むと思い込んでしまい、周知していないにもかかわらず他の人が意にそぐわない行動を取られると気に障る。

 

調整役の部下がおらず偉い人同士で事に当たった時、それぞれの思惑だけで進んでしまうも当然うまく行くわけもなく、しかもその憤懣をぶつける相手もいないので、階級が下のものが近くにいるとトバッチリを喰らいがち。

 

自分一人だけが仕事をやっていると思っているフシが感じられるのだが、そんなに一人でデキると思っているのなら会社なんかでヌクヌクと出世なんかしないで、トットと独立してもらいたい。大方の会社では偉いヒトは当然アラ定(アラウンド定年)なので、第二の人生を始めるには遅すぎる事は十分承知の上ですが。

 

コンビニとかで店員に向かって怒鳴り散らしている定年過ぎのオッサンのメンタリティーは多分これだと思う。自分の思惑だけが全てであり、それにそぐわないものは排除するものだと思い込んでいる。結局、自分の全存在が正しくて、それにそぐわない他のものは全て間違っているのだと勘違いしている。

会社では「偉さ」という権威が機能していたから通用する部分が多かったのかもしれないが、長年の宮仕えが災いしたのかコンビニを含めた世の中は会社の一部ではなく、会社が世の中の一部だという当たり前の事実を認識できていない、いや認識することを拒んでいる。

 

結局、自分に自信がないんだと憐れみの目で見るしかないのか、とも思う。会社を出たオッサンはタダのオッサンで、たとえ社長会長だったとしても。

「偉きゃ黒でも白になる」なんて、一時の幻想なんですよ。もしくは「シビビーン・ラプソディー」の中だけ。


逆転イッパツマン ED - YouTube

いまさら出会い系サイトの話し

出会い系、facebookやLINEがある今、もはや時代遅れの遺物ともいえるメール主体の出会い系サイトですが、そんな今だからこそ本当に出会えるのではないか、と考える人がいてもおかしくないはず、そもそも女の子は機械系に弱いから最新のサイトよりも、こなれたメールの方がいいんじゃないの、という偏見もあり、登録してみました。

あ、ちなみに私はオトコですので、そのつもりで。女の人はまた違うテクニックがあると思いますので。

あと、直メールじゃなくて、古式ゆかしきポイント制のボッタクリサイトの話です。直メール可能の良いサイトがあるなら教えて欲しいったらありゃしない。

 

それはともかく、しばらく経って気づいた、出会い系メールのコツをお教えしましょう。

 

1.アカウントは複数登録すべし

  アカウント一つだけだと矢継ぎ早に送られてくるメールの真贋の見分けが付かない事が多いのですが、複数アカウントに同じメールが送られて来た場合、100%サクラだと簡単にわかります。同じ内容なのに名前だけ変えているなんてザラですが、複数じゃないと気付かないような巧妙なものもありますので。

 

2.「近所に住んでいる」といいながら、地名に疎い

  住所を登録するサイトの場合、近所住みアピールをしてくるメールが来ますが、これがちょっとおかしい場合もサクラだと思います。具体的には東京の「江東区」に住んでいるとして「江東まで行きます」というアピールがあるのですが、首都圏の人は判りやすいと思いますが、地元民なら区の名前じゃなくて駅名を使うことが多いです。江東区だったら亀戸とか東陽町とか。地元アピールしていて駅名じゃなくて地名を使ってたらサクラの可能性大です。ただし小学校名とか地元すぎるアピールもちょっと微妙な感じではあります。

 

3.ポイントが尽きる直前に注意

  メールのやり取りで待ち合わせ場所まで決まったのに、「出かける時に連絡お願いします」なんてメールが来て、しかもポイントが切れるギリギリの所で来た場合、これまたサクラの可能性大です。完全にポイント消費狙いなのがまるわかりです。

 

コツとか言いながら、3つしか思いつきませんでした…。

 

ここ二週間くらい騙された手口を公開します。まあ、騙されたといいながら無料ポイント内だけで済んだので、実質0円なんですけども。とはいえ、このいきり立った気持ちをどこにぶつけたらよいのか…。

 

まず、住所なんかを登録していたのですが「近くに住んでいます」というメールが来ました。しっかり駅名だし、「郵便局の近く」という若干微妙なアピールだったのですが、まあ良かろうと思い、メールを出してみました。ちなみにメール一通26ポイント。無料進呈ポイントは300ポイントで、メールを見るのも26ポイント掛かるので、実質行って来いで5回の送受信しか出来ません。

次のメールで週末に会える事になり進展の早さに戸惑いながら、趣味の話なんかしていたらあっという間にあと一通でポイント切れというところになり、とりあえず翌日の待ち合わせ時間だけ決めました。

翌日になって、「今日は大丈夫ですか」「どんな格好ですか」と怒涛のメールが来て、内容を確認していたらとうとうポイント切れ。その後も「待ち合わせ場所に来ました」とか「携帯が鳴らないので」とか次々とメールが来るのですが、ポイント切れの為タイトルしか見れず、そもそも待ち合わせ場所が判らないし携帯の電話番号も聞いていないのですが、ポイントを消費すれば見れる本文に書いてあるのかも、と思うとヤキモキしてしまいましたが、結局その日はそのまま会わずに終わり。

その後も「連絡のないまま会えないなんて事は」「ずっと待っています」と来て、翌日になっても「念願の逢瀬を」「諦めずに連絡していたらいつか振り向いてくれると信じて」とか魅惑的なタイトルが送られてくるのですが、何しろポイントを買わないと見れないので、仕方がなく眺めていました。

 

で、気づいたのですが「別アカウントで連絡してみればまた無料でいいんじゃね」と気づいて、同じ名前でメールアドレスだけ変えて登録したのですが運営会社が気づいたらしく速攻でアカウントを削除されてしまいました。

流石に同じ名前じゃバレると思い別名で登録して、検索機能を使って再度同じ人に連絡を取ってみたら、週末に会えるとの事。今回は慎重に事を運び、待ち合わせ時間と場所まで決めてメールを送ることに成功しました。あとは時間になったら会うだけです。

 

と、思っていたのですが、待ち合わせ時間の30分前に「これから出ますが、そちらも出る前に連絡をください。これまで現地で連絡が取れなくなって会えないことがあったので」というメールが来て、閲覧したらポイントが切れてしまいました。もはや出かけるメールをする事ができません。というか、ポイント切れるのを見越して出かけるメールを頼んできたんじゃ…という疑心暗鬼。というか、この時点で「サクラじゃね?」とほぼ革新。場所と時間は完璧なので、出かけるメールは不要なはずなのです。

そして、次に来たメールが「携帯が鳴らないので」。いやいや携帯の電話番号聞いてないし。前のアカウントと同じタイトルだし。という事でサクラという事が完全に判ってしまいました。その後にも続々と同じタイトルで流れてきますが、待ち合わせ場所と時間まで決めてるし、駅の出口であんまり人通りのない所を指定しているから会えないなんて事はありませんですよ。

万が一ということもあるので待ち合わせ場所に一応確認に行きましたが、当然誰もいませんでした…。

 

まあ、無料分のドキドキ感は楽しめたし、「ひょっとしたら会えるかも」という夢もみれたので良しとします。ホントに会っていたら一体どうなっていたことだろう、とは思いますが、むしろ会えなかった事でちょっと一安心している気持ちもあったり。

やっぱり出会い系サイトって駄目ですね。こんなところでポイントを買い漁るより、普通に酒飲みに行った方がナンボかマシだと革新した次第。

 

 

40代からの出会い系サイト攻略法

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はあちゅうって女イケダハヤトかもしれないと思った

今朝の毎日新聞西原理恵子のマンガの下に載っている「はあちゅう♡エッセー 東京ミーハーダイアリー」が毎度毎度内容が癇に障る事ばかりで、むしろ楽しみにしているのですが、今朝のはグッと来ました。

最近、立て続けに「戦略的なSNSの使い方」というテーマの取材を受けました。ブロク歴10年目の私にとって、ネットで発信することは、息をすることと同じくらい自然なことです 。なので「どうやって息してますか?」と聞かれても困るのですが、ネットが不得意な母に教えるつもりで、取材を乗り切っています。

どうです?グッと来ませんか?「息をすることと同じくらい自然な」ブログって何なんでしょうか。「毎日日記を書いています」というのと同じレベルだと思うのですが、皆様に見て頂けるネット配信になると息をするのと同じになるらしいです。そんなバカな。

 

そういえば同じようなことをイケダハヤト師も言っていたなあと、思い出したくもないのに思い出したのです。ボク達の一挙手一投足が気になって仕方がない人たちがいるから毎日書いてあげるんだ的な、よく判らない絶対的な自己肯定に裏打ちされた自信みなぎるそのチラ裏は、突っ込みどころ満載で見る者達の格好の慰み者になって仕方がないのです。ご本人自ら「サンドバッグ」なんて宣言されていましたし。

 

一昔前の作家は作品は出版されても、日記が出版されるのを拒否する人が多かった気がします。遺言で日記の焼却を頼んだにも関わらず、遺族によって出版されてしまったりするのですが、とにかく本人の意志として日記は人の目にさらさないのが当然で、読んでもらいたいのは心血を注いで書いた作品でしょう。

ところが今や日記然としたブログが、もはや作品ともいえるようになってしまいました。「息をすることと同じくらい」書くのは一昔前の作家も同じで、むしろ書きまくった、その上澄みを作品として発表するのが当然だと思っているのですが、今はそうでもないんですかね。

個人的には村上春樹が好きではなく、そのキッカケは「ノルウェイの森」が「蛍」という作品を元に膨らまして書かれているのですが、「それって自己模倣じゃないの」と思ったからなんですよね。ここでいう日記が「蛍」で、作品が「ノルウェイの森」にあたると考えると、「蛍」という日記のようなものを発表しているのって、何だかカッコ悪いなあと血気盛んな時は思ったものですが、今考えると自己模倣と捉えるよりも、むしろ時代を先んじていたのかもしれません。

 

それはともかく、「息をすることと同じ」ブログなんて、よくよく練られた文章でもないでしょうし、ヒョロヒョロした根拠の無い話を精一杯膨らまして書いたようなものは、足を払えば消えてしまう妖怪ぬりかべのような感じがしてなりません。

 

ちなみにこのブログも「息をすることと同じ」というよりは「二、三日溜まった便秘のようなもの」です。息するよりももっとビロウで格下ですし、ワタクシ作家先生でもないので、ツッコミは無用です。

 

恋愛炎上主義。 (一般書)

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